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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)460号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、金五二八〇万円とこれに対する昭和六〇年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じこれを七分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実、同2のうち、永和化成が本件特許を有し、控訴人が本件特許の専用実施権を有していたこと、控訴人が別紙「三和化工、PE二段発泡法」に概要が記載されている技術(本件技術)を有していること及び同3の(一)前段の事実は、当事者間に争いがない。

二  控訴人の有する技術について

右争いのない事実、《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  控訴人の有する本件技術は、いわゆる厚物バッチ法による高発泡ポリエチレンの製造方法に関する技術であり、低密度(高発泡)の製品を得るため、発泡過程を二段階とする二段発泡法を採用し、かつ、第一工程で得られた中間一次発泡体をさらに発泡させて低密度の発泡体となす第二工程に別紙「三和化工、PE二段発泡法」の4~5頁に記載の「三和SJ発泡機」を採用したものである。

2  控訴人による二段発泡法を採用した高発泡ポリエチレンの製造は、永和化成の子会社として設立された控訴人が永和化成から発泡体製造部門の移管を受けて開始された。

即ち、発泡剤の製造メーカーであつた永和化成は、バッチ法による高発泡ポリエチレンの製造も手掛け、昭和三九年に一段発泡法による製造技術を開発し、昭和四〇年、商品名「エターライト」として工場生産を開始した。しかし、一段発泡法では、製品の発泡倍率は一五倍程度にとどまるため、より高倍率(低密度)の発泡体を得るため、本件特許にかかる二段発泡法を開発し、これにより発泡倍率二〇ないし三〇倍の発泡体の生産が可能となり、昭和四一年、特許出願をするとともに、昭和四三年、商品名「サンフォーム」として、右二段発泡法による商品生産を開始した。控訴人は、昭和四〇年一〇月永和化成の子会社として設立され、当初は、永和化成の製造する発泡ポリエチレンのスライス、接着等の二次加工処理を行つていたが、昭和四三年、永和化成から発泡ポリエチレン製造部門の移管を受け、以降、その製造は、もつぱら控訴人がこれを行うこととされ、昭和四七年には、本件特許の専用実施権の供与を受けた。

なお、被控訴人が控訴人に入社したのは昭和四四年一二月であるが、これは、発泡ポリエチレンの製造はもつぱら子会社である控訴人が行うようになつたことに伴う人事異動によつて、永和化成から控訴人に移籍したものに他ならず、被控訴人は、その以前の昭和三九年に永和化成に入社しており、控訴人に移籍するまでは同社の研究開発部次長の地位にあつた。

3  二段発泡法は、一段発泡法により高発泡の製品を得ることを可能とするもので、ゴムやスポンジにおける発泡においても採用されていた公知の技法であるが、ポリエチレンの発泡では、加圧加熱下で行われる一次発泡過程における配合発泡剤の分解率が高くなつて、同過程における発泡倍率が大きくなればなるほど、その分解熱で高温かつ架橋過剰となり、二次発泡過程における発泡をさせるに必要な、発泡剤の分解ガスの逃散を防ぎ得るだけの粘度が失われ、二次発泡過程における発泡の阻害要因となるため、より高発泡の製品を得るには、一次発泡過程における配合発泡剤の分解率を低く抑え、その発泡倍率を小さめとするのが望ましい。しかし、常圧下で徐々に行われる二次発泡を均一にさせるのも容易ではない。そこで、高発泡でかつ均一微細な発泡の高品質の製品を得るには、一次及び二次の各発泡過程におけるその発泡剤の分解率割合ないし発泡倍率割合をどのように組み合わせるかが、重要なポイントとなるところ、本件特許は、一次発泡過程における配合発泡剤の未分解率を四〇~八五パーセント、即ち、その分解率を一五~六〇パーセントとするものである。これは、右出願当時、永和化成では、その二次発泡過程における加熱方法として塩浴法を採用しており、それとの組合わせにおいて、一次発泡工程における配合発泡剤の未分解率を四〇~八五パーセントとしたもので、塩浴法では、二次発泡にばらつきが生じやすいため、一次発泡過程における発泡剤の分解率を高めにせざるを得ず、右塩浴法による中心的な生産商品の発泡倍率は三〇倍前後であつた。

4  永和化成から本件特許の専用実施権の供与を受けた控訴人は、本件特許の実施として、永和化成と同様塩浴法による商品生産を行う一方、より高発泡、高品質の製品の効率的な生産を可能とすべく、その生産設備等の改良、開発を種々試み、昭和五一年には塩浴法によつても五〇倍発泡製品を生産するまでに至つたが、昭和五三年頃、二次発泡工程における加熱、熟成、冷却のための機械として「三和SJ発泡機」を開発し、これによつて、従前の塩浴法よりも作業効率が良く、かつ、コスト的にも安価に高品質の四〇倍を超える発泡倍率の製品を得ることに成功した。

即ち、従前の塩浴方式では、二次発泡工程における加熱、熟成、冷却は、塩浴槽、熟成槽、冷却槽を順次使用して工程を進めるもので、中間一次発泡体を仕込んだ重い金型をクレーンで吊り下げて、これを工程の進行に伴つて順次移動させなければならなかつたのが、「三和SJ発泡機」では、中間一次発泡体を仕込んだ箱型容器状の金型の上下及び側面に角型パイプを配し、この角型パイプに蒸気又は水を通じ、金型内を加熱又は冷却することから、金型の移動を要せずに、加熱、熟成、冷却が自動的に行えるようになり、設備がコンパクトとなるとともに、作業が効率化され、かつ、設備費も安価ですむようになつた。しかも、塩浴法は、一六〇~一七〇度に加熱され、液状となつた混合塩の浴槽に中間一次発泡体を仕込んだ金型を吊り下げ、浸漬させることによつて、一次発泡体を直接加熱するものであるが、塩浴槽に金型を浸漬させた当初の時点では金型が冷えているため、金型中に入つた溶融塩が金型に熱を奪われて固化して金型に付着し、それが周囲の溶融塩によつて加熱され再溶融するまで、金型中の一次発泡体の加熱が遅れ、六〇~七〇分という長時間の加熱を要し、一方、加熱が始まると直接加熱であるため、発泡は急激に進展し、また、溶融塩の液圧、浮力が、発泡体の均一発泡を阻害する要因となつて、発泡体の各部にばらつきを生ずるといつた難点があつたが、「三和SJ発泡機」では、事前にパイプに蒸気を通すことによつて、金型内に中間一次発泡体を仕込んだ時点から、一定の温度で加熱ができるため、加熱時間が塩浴法の半分程度で済むうえ、その加熱方法が、間接加熱で、加熱された金型の金属板によつて一次発泡体の全表面から均一に加熱されるので、架橋及び発泡が緩やかに進行し、均一で微細な発泡の二次発泡が十分になされるため、高発泡の製品を得るに適し、一次発泡過程における発泡剤の未分解率を、本件特許の範囲である四〇~八五パーセントよりも更に高くすることも容易に可能となり、その結果、高品質の四〇倍を超える高発泡倍率の製品を効率的、安定的に、かつ、より安価に得ることができるようになつたのであつた。

なお、「三和SJ発泡機」は、原理的にはゴムの発泡では広く使用されていたパイプを通した蒸気によつて間接加熱するスチームジャケット法をポリエチレンに応用したものではある。しかし、ゴムの発泡用機械としては汎用機である加硫缶等において採用されているスチームジャケット法がそのままポリエチレンの発泡に利用できるものではなく、また、当時、ポリエチレンの二段発泡法を実施していたのは控訴人のみであり、その経験等に基づき、蒸気を通すパイプを角型として熱効率を高め、あるいは、発泡の際に生じる応力にも耐え得る強度とする等の工夫を重ねて、独自に設計、製作した機械が「三和SJ発泡機」にほかならず、市販の汎用機械としてこれが存在している訳ではないのであつて、その製作を、控訴人が後記7のとおり保管するその設計図面等を参照することなしに行うのは容易なことではない(原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中には、右発泡機が市販の汎用機械ないしはそれから容易に製作できる機械であるかのように供述する部分があるが、措信できない)。

5  控訴人は、「三和SJ発泡機」の開発以外にも、仕込樹脂(PE)と各種配合剤(発泡剤、発泡助剤、架橋剤等)の混練工程で押出機及びミキシングロールを使用していたのを、加圧ニーダーを使用する等の改良も行い、また、右開発改良した生産設備によつて製品を生産するに際し不可欠の、樹脂と発泡剤、発泡助剤等の配合剤との配合率、設備の運転条件、作業方法、タイミング等についても研究、改良を重ね、その結果、昭和五四年五月頃から「三和SJ発泡機」の使用による商品生産を本格的に開始し、以降、その生産方法を従前の塩浴法から「三和SJ発泡機」による方法に切り換え、現在に至つているものであり、これらの総体が本件技術に該当するものといえる。

6  控訴人は、本件技術に基づく発泡倍率四四倍(L四〇〇〇)等の各種倍率の製品を、商品名「サンペルカ」として自ら製造販売する一方、本件技術を「四〇倍発泡法」と称し、本件技術とこれに基づく生産設備一式を一体とした輸出業務、即ち、単なる生産設備の輸出にとどまらず、その設備の組立、稼働、製品の生産に必要な技術ノウハウの提供、指導(これに対する対価が技術料である)も含めての輸出業務も行つており、対中国関係では貿易商社である明和産業株式会社を介してこれを行い(具体的には、控訴人は、輸出の目的となる生産設備を商社として介在する明和産業に納入し、これを明和産業が売主となつて中国に輸出し、それとともに、控訴人は、右生産設備の組立、稼働、製品製造に必要な技術情報、ノウハウの提供、技術指導等を技術料を得て行うという形式を取つていた)、昭和五七年には中国包装進出口公司江蘇分公司(以下「常州」という)にこれを輸出している。

7  二次発泡による三〇~五〇倍の高発泡ポリエチレン製造技術である本件技術は、その開発がされて以降昭和五九年初頭当時においても、我が国では控訴人のみが有する技術であつたものであり、控訴人は、この控訴人のみが有し、かつ、控訴人の事業活動の根幹をなす本件技術を、その営業活動上有用不可欠の営業秘密ないし秘密ノウハウとして認識し、秘密管理をしてきた。ちなみに、昭和五九年初頭当時、本件技術と生産設備の輸出業務は被控訴人を長とする技術移転グループがこれを担当していたところ、「三和SJ発泡機」の設計図面、その他金型等に関する図面や、海外輸出に際し、相手方に提供する設備の組立、運転等のための技術ノウハウに関する資料等の本件技術に関する資料は、すべて施錠された特別の書類箱に入れられ、その鍵は被控訴人が管理し、必要時以外には出さないようにされていた。また、本件技術の海外輸出にあたつては、輸出の相手方に本件技術につき守秘義務を課すことも行つており、常州との生産技術契約書においても、これが約定されている。

三  吉井鉄工がハルピン及び山東省との契約の目的とした発泡ポリエチレン生産技術及び右技術と本件技術との異同について

吉井鉄工が、昭和五九年五月一六日ハルピンと、同年九月二九日山東省と、いずれも四五倍発泡技術の輸出契約を締結したことは、被控訴人においても認めるところ、控訴人は、吉井鉄工が右輸出契約の目的とした技術(以下、「吉井鉄工の技術」という)はいずれも控訴人の有する本件技術と同一であると主張するのに対し、被控訴人は異なる技術であるとしてこれを争う。

そこでこれを検討するに、被控訴人は、控訴人の技術は第一工程における発泡剤の未分解率を四〇パーセントないし八五パーセントに限定した本件特許の実施技術であるのに対し、吉井鉄工の二段階発泡技術における第一工程の未分解発泡率は八七・五パーセント前後であり、本件特許の範囲には含まれず、控訴人の技術とは異なる旨主張する。しかし、前示認定のとおり、控訴人における二段階発泡の実施は、本件特許に基づき開始されたものではあるが、その後、二次発泡工程に「三和SJ発泡機」を採用する等の控訴人独自の開発、改良によつて、本件特許の範囲を超える八五パーセント以上の未分解率の一次発泡体も二次発泡させることが可能となり、その結果、四〇倍を超える高発泡の製品が安定的、効率的に得られるようになつたもので、それが控訴人の有する本件技術にほかならず、その範囲中には、本件特許の実施技術も含まれるが、それとともに、その範囲外の改良技術も含まれているのであつて、本件技術=本件特許の実施技術とのみ捉え、それを前提に異なる技術であるとする右被控訴人主張はこれを採用することができない。

加えて、被控訴人自身、原審及び当審におけるその本人尋問において、本件技術と吉井鉄工の技術との相違点は、右の未分解発泡率が相違している点だけであつて、その他の点では特段の相違はないことを認める趣旨の供述をしていること、《証拠略》中には、吉井鉄工の技術は、吉井鉄工が独自に開発したものであり、かつ、第一工程における発泡剤の未分解発泡率を四〇パーセントないし八五パーセントに限定した本件特許の実施によつては、四〇倍を超える発泡倍率の製品を得ることはできず、吉井鉄工の二段階発泡技術が初めてこれを可能としたかのような部分があるが、《証拠略》によれば、吉井鉄工自身は二段発泡に関する技術は有しておらず、実際にこれを担当したのは、被控訴人及び被控訴人が代表者となつて設立したセルテクノであることが認められるところ、前示認定のとおり、昭和五九年初頭当時二段発泡法による発泡ポリエチレンの製造に関する本件技術を有していたのは控訴人のみであつたこと、被控訴人は、控訴人の有する本件技術の海外輸出担当の責任者として、本件技術に関する秘密資料を管理する立場にあつた者で、その職責上、控訴人の有する本件技術を知悉していたこと、《証拠略》によれば、被控訴人は控訴人を退任、退職後の昭和五九年七月、二段発泡法による高発泡ポリエチレンの製造販売等を目的とするセルテクノを設立したが、その設立準備中の同年六月頃、中国向けにその生産技術及び設備の輸出業務を行うために、セルテクノ、吉井鉄工共同名義で作成した、技術概要の説明書「CT発泡技術概要」は、控訴人作成の本件技術についての「技術概要」をほぼそのまま引き写したものにほかならないこと、右設立されたセルテクノの本店所在地は被控訴人の自宅であつて、右設立当時、高発泡ポリエチレンの生産設備ないし実験プラントもなく、製品の製造販売はもとより、独自の研究開発ができるような状況にはなかつたこと、控訴人が実績として有する常州への輸出の際の生産設備についての契約書と、吉井鉄工がハルピン、山東省との間で各締結した契約書とを比較しても、その輸出の対象とされた生産設備は、規模及び設備内容ともいずれもほぼ同一と認められること(ハルピン、山東省における契約では、四五倍発泡法とされているが、四五倍発泡といつても四〇倍発泡と基本的には変わりがないことは被控訴人もその供述中で認めるところである。また、二次発泡機に関しても、これが「三和SJ発泡機」と異なる機械ではないことも被控訴人がその供述で認めるところである)や、後記四項で認定の諸事実にも照らすと、吉井鉄工がハルピン及び山東省との間での輸出契約の目的とした吉井鉄工の技術というのは、吉井鉄工が開発した技術でもなければ、控訴人を退職後に被控訴人ないしセルテクノが開発した技術でもなく、控訴人が有していた本件技術そのものにほかならないと認めるのが相当である。

四  吉井鉄工がハルピン及び山東省と技術輸出契約を締結するに至つた経緯並びにそれらに被控訴人が関与するに至つた経緯

前記争いのない事実、《証拠略》によれば、以下の事実が認められ(る。)《証拠判断略》。

1  控訴人は、貿易商社である明和産業株式会社とともに、昭和五八年三月頃から山東省及びハルピンとの間で本件技術及びその生産設備一式の輸出交渉を始め、中国に出張して技術説明会を催す等していたが、その後、

(一)  山東省との関係では、同年一一月二二日から六日間にわたり、被控訴人が、控訴人の責任者として中国(青島市)に出張し、明和産業の担当社員出口努とともに、契約に関する具体的交渉を行つた。右交渉は、代金額や本件技術実施、製品販売地域の限定についてのテリトリー問題(控訴人は本件技術の実施できる範囲を当該省内に限定し、また、製品の輸出先についても限定を付することを主張し、山東省はこれに反対)で双方が厳しく対立し、代金については、被控訴人らは当初の一億六九六〇万円(技術料五〇〇〇万円、生産設備代金一億一九六〇万円)を、一億五四八〇万円(技術料四二〇〇万円、生産設備代金一億一二八〇万円)まで譲歩したが、予算額が一億二〇〇〇万円であるとする山東省との開きは大きく、山東省が被控訴人らの帰国直前に提示した額も一億三四〇〇万円にとどまり、交渉は決裂に等しいものであつたが、被控訴人らは、一応山東省の提示額を持ち帰つて検討するとして、交渉を完全に決裂させることはせず、帰国した。これは、当時、被控訴人も含めた控訴人サイドでは、本件技術を有するのは控訴人以外にはなく、かつ、中国側は本件技術の導入を強く希望していることから、必ず、中国側から折れてくるはずとの判断に基づいたものであつた。

右帰国後のテレックスによる交渉で、控訴人は一億四七〇〇万円(技術料四二〇〇万円、生産設備代金一億〇五〇〇万円)まで譲歩を示したが、一億四〇〇〇万円を主張する山東省との間で合意には至らず、山東省は、翌昭和五九年一月に訪日のための招待状の要請をしてきたものの、それ以降何ら交渉の打診はなく、控訴人からも契約交渉の再開を求めることもないままに経過し、結局、契約締結には至らなかつた。

(二)  ハルピンとの関係では、昭和五八年一二月にハルピンの関係者が来日して控訴人の工場見学をした後の昭和五九年五月七日から一四日まで、被控訴人の退任、退職後、その担当責任者となつた村上文男が明和産業の担当社員出口とともに、中国(ハルピン市)に出張して商談を行つたが、ここでも、双方提示の金額の差が大きく、控訴人は、最終的に、一億四九三八万六〇〇〇円(技術料四二〇〇万円、生産設備代金一億〇七三八万六〇〇〇円)まで譲歩したが、ハルピンは高すぎるとして合意に至らず、またテリトリーの問題でも対立し、交渉はこれら相違点のあることを双方が確認するという形で終わり、契約締結には至らなかつた。

2  一方、吉井鉄工は、ポリエチレンを原料とするインフレーションフィルム製造装置及びこれに関するプラスチック製造装置の製造、販売を業とする会社であり、それら装置の中国輸出に関する実績も有するところ、同社の中国担当の清水啓司は、昭和五八年一一月頃、山東省塑料工業公司、経済委員会から、発泡装置に関し、「四〇倍発泡ポリエチレン製造技術及び設備」と題した本件技術に関する資料(控訴人が昭和五七年常州と交わした本件技術及びその生産設備一式の契約関係書類等と推認される)を提供されて打診を受けた。その後、昭和五九年一月になつて、山東省の代理人的な地位にあり、中国関係筋にも発言力のある人物である孔子が来日し、控訴人との契約交渉が昨年一二月で決裂したとして、前記資料に基づいて見積書等の作成を吉井鉄工に依頼した。これに応じた吉井鉄工は、前記提供を受けた資料に基づき、代金額を一億三五五〇万円(うち技術料三三〇〇万円)とする四〇倍発泡ポリエチレン製造ノウハウ及び設備についての見積書等を作成し、同年三月一五日には、それらに基づき仮契約を山東省との間で締結するに至つた。

もつとも、右仮契約は、山東省から、予算を確保しておくための手段として強い要請があつたことから、吉井鉄工がこれに応じ、その提供された資料に基づき、控訴人が常州との間で交わした際の本件技術及びその生産設備一式の契約書とほぼ同一内容の見積書等を作成したうえ仮契約に応じたに過ぎず、当時、もとより吉井鉄工が本件技術を有していたわけでもなければ、これを他から導入する等の具体的目処があつたわけでもなく、同鉄工が、その製品製造をも保証する形での本件技術及び設備一式の輸出を行うことは右契約時点では不可能なことであつた。

3  被控訴人は、山東省との契約交渉から帰国した後の昭和五九年一月頃から控訴人を退職する決意を固め、同年二月二日、控訴人代表者吉田巌と面談し退職願を提出したが受理されず、その後数度の退職願の提出、他の取締役との面談等を経て、ようやく同年三月一六日に内容証明郵便をもつて提出した退職願が受理され、同月二〇日付で取締役を退任するとともに退職した。

4  吉井鉄工は、前記仮契約締結後、前記孔子からハルピンに対する高発泡ポリエチレン製造技術及び設備の輸出の引き合いも受けていたところ、同年四月になつて、孔子の関係筋から、被控訴人が控訴人を退職したとの情報がもたらされ、吉井鉄工は、直ちに被控訴人に連絡をとり、吉井鉄工の山東省及びハルピンに対する高発泡ポリエチレン製造技術及び設備の輸出事業への技術面での協力及び参加を、孔子からの要請でもあるとして、被控訴人に求めた。

右要請を受けた被控訴人は、ハルピンに関しては協力を約したが、山東省に関しては、発泡ポリエチレンの技術を有しない吉井鉄工が既に仮契約まで締結していたことに不快感を禁じ得ず、被控訴人の関与前になされた山東省の仮契約には協力できないとしてこれを断つた。

なお被控訴人は、吉井鉄工に協力するについては、控訴人が本件技術及び生産設備を中国に輸出するに際し、貿易商社である明和産業を介して行つていた方法、即ち、生産設備に関しては、控訴人から明和産業に納入後明和産業がこれを中国に輸出し、右設備による製品製造に必要な技術ノウハウ、サービスの提供及び技術指導一切は、技術料を得て控訴人が行う方法と同一の方法によることとし、吉井鉄工もこれを了承した。そこで、被控訴人は、右事業を行うための会社を設立することとし、その設立準備も合わせて進め、同年七月一六日には、被控訴人の住所地を本店とし、合成樹脂成形加工品の製造販売等を目的とする株式会社セルテクノを設立し、その代表取締役に就任した。

5  被控訴人は、同年四月末頃から、吉井鉄工の清水啓司とともに中国に出張し、吉井鉄工の他の商談にも同行するとともに、ハルピンとの商談にも臨み、その結果、同年五月一〇日から一二日にかけての交渉で、金額等重要部分についての合意ができ、同月一六日、吉井鉄工は、本件技術を「四五倍ポリエチレン発泡体製造技術」として、その技術及び製造設備一式を吉井鉄工からハルピンに、技術料を含め、代金一億四〇〇〇万円で輸出する旨の契約を、ハルピンとの間で締結した(但し、被控訴人は、家庭の事情から右契約締結前の同月一三日に急遽帰国し、同月一六日の契約調印には立ち会つていない)。

なお、前記1の(二)に明らかなとおり、ハルピンは、ほぼ並行して控訴人との交渉も進めていた訳で、結局、ハルピンは、控訴人との交渉の決裂二日後の一六日に、控訴人の最終譲歩額一億四九三八万六〇〇〇円より九三八万六〇〇〇円低額の一億四〇〇〇万円で、本件技術及び生産設備を吉井鉄工から買い受けたのであつた。また、右ハルピンと吉井鉄工との契約では、控訴人が主張していたテリトリーを制限する約定はなく、この点でも中国側に有利な条件での契約であつた。

6  吉井鉄工と山東省との仮契約に関しては、右中国出張の際、山東省から、予算獲得のための仮契約であるので、これを解約したいとの申入れが清水啓司になされ、吉井鉄工もこれを了解し、同年五月一六日前記仮契約は合意解約された。

7  その後、同年七月か八月頃、孔子から吉井鉄工に、山東省に関しても、ハルピンと同じ「四五倍ポリエチレン発泡体製造技術」を導入したいとの話があり、同年九月にハルピンの関係者が来日して商談が行われ、これに被控訴人は吉井鉄工とともに臨み、その結果、同月二九日、ハルピンに輸出したものと同じ「四五倍ポリエチレン発泡体製造技術」及び製造設備一式を吉井鉄工から山東省に、技術料を含め、代金一億三九〇〇万円で輸出する旨の契約が締結された。なお、右山東省との契約においても、ハルピンの場合と同様、テリトリーを制限する約定は付されなかつた。

8  右各契約された設備一式は、ハルピンに関しては昭和五九年一〇月三〇日、山東省に関しては昭和六〇年一月三〇日、各船積みされて輸出されたが、その設備の設計、注文等は、被控訴人が設立した前記セルテクノがこれを担当し、その代表者である被控訴人(セルテクノは、法人といつても、当時の実体は被控訴人の個人企業にほかならなかつた)が指揮してこれを行つたものであり、それら設備の現地における組立から製品製造までの技術面での指導、技術ノウハウ、サービスの提供等も、勿論すべてセルテクノがこれを担当した。

五  不法行為の成否について

1  以上認定したところによれば、控訴人の有する本件技術は、厚物バッチ法による高発泡ポリエチレンの製造につき、二段発泡法とその二次発泡設備に三和SJ発泡機を採用する等により、三〇倍~五〇倍の高発泡製品の安定的、効率的な製造を可能とした技術であり、昭和五九年初頭当時、我が国では、控訴人以外には有していなかつた技術であること、吉井鉄工が「四五倍発泡技術」としてその生産設備とともにハルピン及び山東省に輸出した技術は、本件技術と同一の技術であり、かつ、それは、吉井鉄工の技術ではなく、被控訴人ないし被控訴人がその後設立したセルテクノの技術にほかならないところ、右被控訴人ないしセルテクノの技術といつても、被控訴人ないしセルテクノが独自に開発したものではなく、控訴人を退職後間もない被控訴人が、控訴人に在職中にその職責上知り得た本件技術に関する知識や技術情報資料をそのまま流用したものに他ならないことが認められる。

そして、控訴人は、ハルピン及び山東省との契約に関する右被控訴人の行為は、退職後の行為であるとしても、信義則上許される範囲を超え、控訴人の有する本件技術に関する営業秘密ないし秘密ノウハウを不正に使用する違法行為であり、少なくとも右各分公司との契約に係わる被控訴人の行為は、控訴人に対する不法行為にあたると主張する。

そこで、以下更に検討する。

2  控訴人の有する本件技術は保護に値する営業秘密ないし秘密ノウハウといえるか。

被控訴人は、本件技術の採用する二段発泡法は公知の技術であり、また、その加熱方法としてのスチームジャケット法も昭和五八年当時公知の技術であつたうえ、その生産設備も、一般的、汎用機械の組合せによつて実現できるか容易に推考できるものであり、いわゆる秘密ノウハウには値しないと主張する。

しかし、前記一項で検討したとおり、二段発泡法及びその加熱の方法としてのスチームジャケット法は、ゴムの発泡等においても既に採用されていたものではあるが、控訴人の開発した「三和SJ発泡機」は、ポリエチレンの発泡に適するように角型パイプを採用する等の工夫、改良を加えて開発された市販製品にはない独自の機械で、その開発によつて、他にはない三〇~五〇倍の高発泡製品の安定的、効率的製造が可能となつたものであり、これをゴムの発泡における加硫缶方式において採用されているスチームジャケット法と同一に論じることはできないし、それらから、容易に推考し実現できるものとも認めがたいものである。また、本件技術に基づく生産設備が、右発泡機以外は市販の機器類で賄える部分が多いものとしても、その機器の組合せ、運転条件、樹脂と配合剤等との配合率、作業方法、タイミング等の技術の確立なしには製品の製造がおぼつかないことは明らかであり、かつ、それらの技術情報、ノウハウは、生産の実施とその改良のための研究、実験等の積み重ねの中で得られるものであつて、本件技術及び生産設備を我が国で唯一有する控訴人のみが保有する固有のノウハウと認めることができるものであり、前記被控訴人の主張はにわかには採用しがたいし、他にこれを左右するに足る確たる証拠もない。そして、控訴人は、それら技術ノウハウを含め、控訴人のみが有する本件技術に基づき、自らその製品を生産する一方、本件技術と生産設備を一体として、海外に輸出する業務を行つてきたところ、その事業活動の根幹をなす本件技術に関する情報は、控訴人にとつて重要な営業秘密ないし秘密ノウハウとして認識され、それに相応しい秘密管理がなされてきたことも前記一項で既に認定したとおりである。また、そのような秘密管理体制が取られてきたからこそ、これが他にみだりに流出することなく、昭和五九年初頭に至つても、我が国において本件技術を有するのは控訴人だけであり続けることができた由縁と推認できるところでもある。

以上のとおり、本件技術は、控訴人の開発にかかり、我が国では控訴人以外にはこれを有しない、控訴人の営業に不可欠の有用な技術であり、かつ、控訴人は、それに相応しい技術管理をしてきたものであつて、これに対する不正行為から正当な保護を受けるに値する営業秘密ないし秘密ノウハウと認められる。

3  被控訴人は本件技術の本源的保有者として本件技術を当然に使用できるか。

被控訴人は、控訴人が本件技術として主張する本件特許及びその周辺技術としてのノウハウのすべては、被控訴人の発明及び開発にかかるものであり、その本源的保有者は被控訴人であるから、被控訴人が、控訴人を退社後、これを使用し得ることは当然であつて、これが不正使用とされるいわれはない旨主張するところ、はるほど、《証拠略》によれば、被控訴人は、本件特許を始めとして、永和化成ないし控訴人が出願した発泡ポリエチレンに関する特許の多くにつき、発明者として名を連ねていることが認められる。

しかし、《証拠略》によれば、被控訴人は、昭和三九年四月一日永和化成に入社し、研究開発部次長の地位にあり、その後、昭和四四年一二月控訴人に移籍後は生産部長、次いで技術開発部長の職にあつたが、発泡ポリエチレンに関する研究開発に関しては、部門の管理者として、実験の立会いや特許出願についての取りまとめ等事務的な面での関与がほとんどであつて、それら出願に発明者として名を連ねているのも、右管理者としてに過ぎず、その実際の研究開発を被控訴人が行つたことを示すものではないこと、ちなみに、二次発泡法に関する本件特許の研究開発は、特許公報には発明者として名前はあがつていない西田秀雄、森田宇佐雄の両名が中心になつて開発したものであるし、「三和SJ発泡機」は、村上文男を部長とする生産部の従業員らによつて開発されたものであることが認められる。この点につき、被控訴人は、自らが関与しているからこそ発明者として名を連ねているのであり、自らの関与しない発明に発明者として名を連ねるようなことはしていない等として前記主張に副うかのような供述(当審)をするものの、その具体的な関与に関しては、被控訴人の永和化成入社当時の仕事内容は、実験室(ラボプラント)と事務室を往復しての特許関係その他の資料整理等であつたこと、被控訴人自身は、実験には立ち会うことの方が多く、自ら実験することは少なかつたこと、二次発泡法の採用は被控訴人が提案したものでもないが、かといつて誰が提案したと言えるものでもないこと、スチームジャケット法による「三和SJ発泡機」の開発に関しては、発泡の過程で発泡体が金型にひつつかないようにすることに関しては関与したが、「三和SJ発泡機」の設計はもとより設計に関する指示等は被控訴人は一切していない旨供述(当審)するにとどまるのであつて、結局のところ、右被控訴人の供述するところによつても、被控訴人の本件技術の研究開発への具体的な関与は前記認定したところを超えるものとは認められず、被控訴人は本件技術の本源的保有者として、これを当然に使用し得るとの前記被控訴人の主張は採用することができない。

4  既に控訴人を退任、退職した被控訴人に営業秘密の保持義務があるか。

従業員ないし取締役は、労働契約上の付随義務ないし取締役の善管注意義務、忠実義務に基づき、業務上知り得た会社の機密につき、これをみだりに漏洩してはならない義務があることはいうまでもないし、また、《証拠略》によれば、控訴人は、その就業規則中で、従業員に対し、その業務上知り得た機密の漏洩を禁止し(就業規則四条)、これに違反して業務上の秘密を洩らし会社に損害を及ぼしたときは懲戒解雇とする旨を規定(同七四条三号)しているところでもあるが、控訴人には、その知り得た会社の営業秘密について、退職、退任後にわたつての秘密保持や退職、退任後の競業の制限等を定めた規則はないし、従業員ないし取締役が退職、退任する際に、それらの義務を課す特約を交わすようなこともしていない。

しかし、そのような定めや特約がない場合であつても、退職、退任による契約関係の終了とともに、営業秘密保持の義務もまつたくなくなるとするのは相当でなく、退職、退任による契約関係の終了後も、信義則上、一定の範囲ではその在職中に知り得た会社の営業秘密をみだりに漏洩してはならない義務をなお引き続き負うものと解するのが相当であるし、従業員ないし取締役であつた者が、これに違反し、不当な対価を取得しあるいは会社に損害を与える目的から競業会社にその営業秘密を開示する等、許される自由競争の限度を超えた不正行為を行うようなときには、その行為は違法性を帯び、不法行為責任を生じさせるものというべきである。

5  不法行為の成否についてのまとめ

前記認定事実及び右検討したところを総合するに、被控訴人は、控訴人に在職、在任中、本件技術及び生産設備の海外輸出業務の担当責任者として、本件技術が、我が国では控訴人だけが有する技術で、これに関する情報が控訴人の事業にとつて重要かつ不可欠の営業秘密であることを知悉していたばかりか、控訴人のためそれら営業秘密を管理する立場にあつたのであつて、そのような地位にあつた被控訴人としては、控訴人を退任、退職後もその職務上知り得た本件技術に関する営業秘密をみだりに公開する等して控訴人に損害を与えてはならない信義則上の義務を負つていたものである。しかも、被控訴人は、その退任、退職直前まで、本件技術とその生産設備の輸出に関し、ハルピン及び山東省との契約交渉を現に担当していたことから、右各分公司が、控訴人の有する本件技術の購入を強く希望していながら、控訴人とハルピンとの交渉は代金額やテリトリーの問題が折り合わず決裂状態にあることや、また、山東省との交渉もその代金等を巡つて難航が予想されることもわかつていたもので、そのため、控訴人を退任、退職直後、吉井鉄工からの働きかけを受けた際には、中国側の意図が、控訴人の輸出担当責任者として本件技術を知悉していると思われる被控訴人を介し、本件技術と生産設備を、より安価に、かつ、有利な条件で購入することにあることを十分察知しながら、控訴人に代わつてこれを手掛ければ、被控訴人にとつて莫大な利益となることからこれに応じ、控訴人が有する本件技術に関する情報をそのまま使用し、かつ、ハルピン及び山東省の求めに応じ、吉井鉄工と共謀して、控訴人の提示した金額より低額で、かつ、テリトリーに関する制限を付することなしに本件技術及び生産設備を売却し、もつて、控訴人が本件技術と生産設備を右各分公司に売却する機会を失わしめたものにほかならず(山東省は、控訴人との交渉の決裂後も、前示認定のとおり、吉井鉄工との間で仮契約を締結してまで、その購入のための予算の確保を図つていたもので、被控訴人が吉井鉄工の誘いに乗ることがなければ、控訴人との交渉を再開し、控訴人から本件技術を購入したものと推認でき、前記、交渉が事実上決裂していたとの事実は何ら右認定を左右するものではない)、右被控訴人の行為は、自由競争の範囲内として許容される正当な競業行為の限界を超えるものであつて、違法性を帯び、不法行為を構成するものというべく、被控訴人には控訴人が被つた損害を賠償すべき責任がある。

六  損害

1  逸失利益

控訴人は、本件技術とその生産設備をハルピン及び山東省に輸出する機会を奪われたことによる損害として、少なくとも一件当たりにつき、三三四〇万円、合計六六八〇万円の利益を逸失したとし、その根拠として、右輸出により、一件あたり、生産設備輸出による利益として一〇〇〇万円、技術料として、少なくとも三〇〇〇万円から中国側の課税額(一二パーセント)を控除した二六四〇万円、合計三六四〇万円が得られたはずであり、これらから諸経費三〇〇万円を控除した三三四〇万円が一件当たりの純利益として得られたはずであつたと主張する。

そこで検討するに、前示認定のとおり、控訴人は、昭和五七年、常州に対し、本件技術とその生産設備を明和産業を介し輸出した実績を有し、かつ、控訴人が右常州に輸出した生産設備の規模、生産能力は、吉井鉄工がハルピン及び山東省に輸出した設備とほぼ同じであつたところ、《証拠略》によれば、常州に対する輸出代金は、生産設備代金九九九〇万円、技術料三三〇〇万円、合計一億三二九〇万円であつたが、そのうちの技術料は、常州との生産技術契約書(甲七の3)に基づき控訴人が取得しており、一方、生産設備は、明和産業が売主となつていることから、明和産業が取得しているが、これを明和産業が輸出するにあたつては、控訴人が、各機械メーカーに総額八〇〇五万円で発注して調達のうえ九一六五万円で明和産業に納入し、これを明和産業が常州に輸出しており、控訴人は、生産設備に関しても右により一一〇〇万円を超える差益を得ていることが認められる。そうすると、控訴人は、ハルピン及び山東省それぞれについても、その主張のとおり、生産設備に関しては少なくとも一〇〇〇万円の差益を、技術料としては少なくとも三〇〇〇万円を各得られたはずであつたものと推認でき、その点の控訴人主張はこれを認めてよい。

しかし、右から、技術料に対する一二パーセントの中国側課税額三六〇万円及び右輸出に要する諸経費三〇〇万円を控除したものが純利益であるとして一件当たりの逸失利益を三三四〇万円と主張する点は、にわかには採用できず、むしろ、以下に認定のとおり、その逸失利益は一件当たり少なくとも二六四〇万円を下回ることはなく、従つてその逸失利益の合計は、その倍額の五二八〇万円と認めるのが相当である。

即ち、右控訴人の主張のうち、中国側課税額三六〇万円の控除の点はこれを認めてよいが、諸経費に関しては、契約締結に至るまでの訪中費用、中国関係者の来日接待費用等のいわゆる一般経費のほか、技術料に関しては、《証拠略》によれば、常州との契約によつて、技術資料文書の提供等以外に、控訴人が提供する技術サービスとして、技術指導のため、五名を越えない控訴人の技術要員を、六〇日を越えない期間、控訴人の費用負担で中国に派遣することや、五名を越えない中国側の技術要員を受け入れ、六〇日を越えない期間、実習等の訓練を、その費用(実習の費用。来日費用及び滞在費用は中国側の負担)を負担して行うことが含まれており、それらは、ハルピン及び山東省における場合も変わりないはずであり、その費用も控除する必要があるところ、技術指導のための控訴人の技術要員の派遣に要する費用を考えても、五名の要員を二か月間(六〇日)中国に派遣するとして、要員一人当たりの一か月の労務費、宿泊費等の滞在費を三〇万円としても、それだけで既に三〇〇万円(三〇万円×二月×五名)を要することとなり、これ以外にも往復の交通費等も要することからしても、技術要員派遣費だけでも三〇〇万円では賄いきれないことは明らかであつて、諸経費の総額を三〇〇万円とする控訴人の主張及びこれに副う原審証人金砺盛次の証言部分は過少に過ぎるものであつて、これを採用することはできない。では、その費用及び諸経費額はいかほどと認定すべきかであるが、この点に関する資料は必ずしも十分でなく、これを正確に確定することは困難であるが、右認定したところに、弁論の全趣旨をも総合考慮すると、それら費用及び諸経費を多めにみても一〇〇〇万円を超えることはないと認められ、そうすると、控訴人の一件当たりの逸失利益は少なくとも二六四〇万円〔一〇〇〇万円(生産設備差益)+二六四〇万円(技術料三〇〇〇万円から中国側課税額三六〇万円を控除)--一〇〇〇万円(費用及び諸経費)〕を下回らないものといえる。従つて、その逸失利益額は右の倍額の五二八〇万円と認めるのが相当である。

2  無形損害

控訴人は、右のほか、被控訴人の行為によつて、控訴人の中国向け技術移転事業に回復しがたい支障を生じ、多大の無形損害を受けた旨主張するが、これを認めるに足る具体的証拠はなく、この点の控訴人主張は認めることができない。

七  結論

以上の次第で、控訴人の本訴請求は金五二八〇万円とこれに対する不法行為後であることが明らかな昭和六〇年六月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余はこれを棄却すべきである(なお、被控訴人の損害賠償責任は、従業員兼取締役であつた者の退職、退任後の信義則に基づく秘密保持ないし競業避止義務違反によるものではあるが、あくまでも不法行為責任であるから、その遅延損害金につき商事利率の適用を求める控訴人の主張は採用できない)。

よつて、控訴人の本訴請求を全部棄却した原判決を右のとおりに変更し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎 杲 裁判官 上田昭典)

裁判長裁判官 潮 久郎は退官のため署名押印できない。

(裁判官 山崎 杲)

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